税金が使われている

くだらない、本当に人間なのか、と疑いたくなるような犯罪をニュースでよく見る。
そして、“極刑”という文字を見るたびに、「あーまた、無駄な税金をたくさん使われるのか。」と思う。

貴重な税金を、つまらない人間のために使うのではなく、親族に負担させればよいのだ。

極刑制度というものがあること自体には反対ではない。

更生なんていうものは、元々犯罪者になるべくしてなったわけではないものにのみ通じる概念で、根っからのおかしな人間というのは、それを作り上げたもののせいであって、更生の余地は残されていない。

だからこそ、そういった人の償い方は極刑を持ってしかない、と思う。
しかし、そう決めたうえで、執行までが長すぎる。

その意味がわからない。
人生を終わるしかないものに、反省や振り返りの時間を与えて何になるのだろうか。

その間の維持費を私たちが養う意味はあるのだろうか。
常に疑問であり、声を大にして言いたいことである。
そもそも義務教育の期間に、税金の仕組みを必須科目にしないから、金回りがわからない連中ばかりだ。

なぜ税金が必要なのか、どう使われているのか、税金を納めなければどうなるのか、基本的なことすらわからない人が多いのは、あえてわからないように社会にはなって搾り取るための国策なのか?
知らぬが仏という言葉もあるから、無知なことを利用することも必要なのかも知れない。

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